朝、生協の注文書を書きながらテレビを見ると、NHK総合テレビ「おはよう日本」祝日特集でジャズシンガーの
石野見幸さんが登場してました。
普段、いつものように暮らしていると、「当たり前に生きる」ということの貴重さを忘れてしまっています。でも、「余命○年」「あと○か月の命」という人が、命ある限り精一杯自分を表現しながら生きている姿を見ると、「自分はなんてエエ加減に生きてるんやろ?このままでエエのか自分?」と、改めて思いました。
もしかしたら、1時間後に自分の一生が終わるかもしれない。
だからメチャクチャするねん!
だからなにやっても意味ないやん…
じゃなくて、
いつも自分に正直に、自分にウソつかずに生きていく。
愚痴ったり、弱音はいたり、浮かれたり、落ち込んだり…
そのまんまの自分を出しながら、共感したり、違いを楽しんだり。
石野さんが日記に
「空の高いところから叫んでるのに、誰も気付いてくれない。そんな夢を最近よくみる」と書いてました。表現する人が表現の機会を失い、見たり聞いたり読んだ人の反応を見られない寂しさは、僕もわかります。
去年、加奈子とグダグダになっていた時期に、ブルーな内容のブログ記事を見て、
「ちゃんと伝わってるよ。ちゃんと見てるよ」
というメッセージをもらって、とっても支えになりました。
読んでくれる人がいる有り難さ、その人の貴重な時間を、僕へのメールのために割いてくれ、反応してもらえるうれしさが心に染みました。
今日、石野さんの映像をみて、発信する機会と、それができる健康で生きている自分の存在の貴重さもあるということを再確認しました。
僕にはまだ、話す機会、書く機会があります。
せっかく生かせてもらってるんだから、
精一杯出掛けて、精一杯書こうという気持ちになりました。
誰かを感動させたい!人を動かしたい!社会を変えよう!というものだけじゃなくて、「こんな僕がココにいます」というシンプルなメッセージを届けられればイイなぁと。
目の前の素敵な人とは、「また今度」じゃなくて、その時、精一杯コミュニケーションとってつながって、その刹那が運良く連続していくことの貴重さを大切にしたいと思いました。お互いの時間軸が、ほんの瞬間、一緒の空間で重なる。旅先の出会いも、仕事での出会いも、朝起きて「おはよう」という今日の出会いも、すべては貴重な刹那。
いつになくシンミリしてますが、
そのくらい石野見幸さんの姿に、力を感じました。
「今を生きる」
ですね。