Richard Marx "Right Here Waiting"
とくにRichard Marxに思い入れがあるわけでもなく、なぜ?という曲。
1989年のこの曲。
大学受験時代からズッと聞いていたラジオ番組に「百万人の英会話」というのがあり、その中の
ハイディー矢野の「アメリカンイングリッシュ道場(通称:アメイン道場)」というのをよく聞いてました。
その課題曲として、リチャード・マークスのこの曲"Right Here Waiting"。懐かしい。全曲聴いたのは、今回が初めて。
当時、大学の講義はさぼりまくってたけど、「百万人の英会話」はズッと聞いてた。きっと「いつかバンドでアメリカツアーをする時に」というアホな妄想力だけで続けてたんだと思う。
結局、そういう方面では全然お世話になってないけど、「not at all」を「なっらろ~ぅ」と日本語表記するのが、僕には「あ、やっぱり?これでエエねんなっ!」と革命的で自分の耳を信じられるようになったし、リズムやシラブルの感覚を身に付けられたのは成果だったかな?なんせ、それまでは「ノット、アット、オール」だったんだから。
ちょっと英語ルサンチマンを吐露させていただきますと…
僕は中学校の英語でものすごくつまずいた。英語が苦手で苦手で仕方なかった。その理由は、自分の耳が信じられなくなったというのが第一。ズッと音楽やって来てたし、メロディーや音色シミュレーションには自信があったんで、「そのまま英語もシミュレーションから入ればいい」と思っていた。
Hi, My name is Ken Oka!
Hi, My name is Bill Brown!
の頃はまだよかったんだけど、
Yes, it is.
で、最初につまずいた。
ネイティブの発音が、僕には「イエ(ス)ィリ~ズ」に聞こえてたんで、その通り言うと、英語の担任に「イエス イット イズ」に直された。確かに、「ィリ~ズ」だと文法の説明には不便。今から思えば、教師なりの選択だったかもしれないけど、僕には「あんたの発音はダメ」と言われたような気がした。最初でつまずくと立て直しはタイヘン。教師が誰に変わろうと、付いていくのが精一杯。
おまけに、もう一つ大ミスをしていた。僕は、辞書に語彙数が多いという理由で、「コンサイス」を買い与えられていた。この辞書は、生活上「あれ?これってどういう意味?」と使うには向いてるけど、教科としての英語学習には向いてない(断言)。絵もないし、例文も載ってないし、類義語も語源も載ってない。学習意欲をあげるという志向はまったくない実用辞書。
発音でコケ、自分で調べなくなりコケ。転落する一方の英語学習。高校時代は、英語の時間は「わかりません」ばっかり。英語と数学でコケては、受験どころじゃない。
さいわい、高校の途中(それも3年の始めだったかな?)で「お前、この辞書はアカンで。貸してやるし、これ使えよ」と三省堂の「GLOBAL」を文法教師(よく出てくる清谷先生)が貸してくれ、やっと「辞書ってオモロイやん!というか、みんなこんなん使ってたんか!そりゃ点取れるわ!」と大革命。すぐに借りてた辞書を返して、同じ「GLOBAL」を買いに行った。
その辞書を貸してくれた先生は、高校4年生という補習科時代に、僕の英作文添削に毎日付き合ってくれて、後期のある日「そうそう、これを一冊持っとけや」といって、
江川泰一郎著『英文法解説』を勧めてくれた。高校2年の時、毎日毎日授業中に僕を指名して「立っとれ!」を言い続けた先生から、文法の名著を渡され、なんかやっと英語コンプレックスから解放された感じだった。中高合わせて7年間(アワワ…)の最後の最後で、やっとこさ英語が楽しくなったのでした。
「英語が楽しい」は、この段階では、まだ「点が取れるようになった楽しさ」だったけど、その後、いろんな外国人と交流する機会があり、「英語は通じ合うための便利な道具で、便利な道具を自在に使えると、その先は点数では語れない楽しい事が待ってる」と気が付けるようになった。そう思える土壌には、最初の頃に、文法や作文を粘り強くチェックしてくれた先生の存在が不可欠。その機会があっただけでもラッキー!清谷先生にはホンマに大感謝!
今、学生のレポートを採点しながら、感じるコトがある。
作文をちゃんと添削してくれる人が居ないんじゃないか?と。
作文は、「てにをは」や句読点や段落とか、そういう技術だけじゃなくて、「これって、ホンマはこういうコトが書きたかったん?それともこっち?そやったら、こう書いた方がわかりやすいで」というところまで踏み込んで付き合ってくれないと上手にならない。
日本語も英語もどんな言語でもそうだけど、文章で他人になにかを伝えようとするには、訓練が必要。話すのは、ある程度自分で頑張れば(?)身に付くけど、書くのはとくに訓練が必要。教える方がその書き手を知り、「君なら、こう書いた方が気持ちが出るんとチャウ?」という感じで、人間関係に基づいた訓練が必要な気がする。人間関係の希薄化が文章力の低下を招いてるのかも?
Richard Marxから思わぬところに展開したけど、いろいろ思う曲でした。