「
約束の旅路」
久しぶりに映画行ってきました。初めて行く十三の
第七藝術劇場。和子さんは、「釣りバカ」「寅さん」系などのコメディー系、もしくは子ども向け映画しか見られない人なので、映画は映画友達と見に行ってます。
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ずっと以前、アフリカ系ユダヤ人がユダヤ人の内部で差別されるというニュースを読んだことがありました。ユダヤ人は世界のあちこちで迫害をうけてきた歴史があり、僕はてっきり「一枚岩」だと思っていたのですが、そのユダヤ人の中でも差別がある。当時、差別構造の根深さを垣間見たような気になりました。
その、アフリカ系ユダヤ人を取り上げたこの映画。しかも、もうワンクッションあるのは、もともとキリスト教徒である主人公が生き延びるためにユダヤ人と偽ってイスラエルに入国し成長し、アイデンティティーや自分の居場所、故郷を求める物語です。
冒頭の、難民キャンプにユダヤ人救出のトラックが来たのを見て、母親がまだ子どもの主人公に「行きなさい!」と言うシーン。最近、「赤ちゃんポスト(正確な名称じゃないですけど)」の話題がよく取り上げられています。自分にも子どもを育ててわかったことがあります。それは、まだまだ手のかかる子どもと離れないといけないコトがどんなにツライことかということです。よく「赤ちゃんポスト」に反対する意見として、「育児放棄の助長につながる」というモノがありますが、見ているとたいてい、今現在子どもと接する機会の少ない人たちの意見です。我が子の生きる可能性のために、自分が子どもと離れる決断をする。これがどんなに大きなコトか?冒頭のシーンでジーンと来てしまいました。
印象的だったのは、映画の中で主人公は何度も何度も月を見上げるシーン。世界中のどこにいても、月は晴れてさえいれば見ることができます。見えている面がちょっとズレてるかもしれないけど、ほぼ同じ形の月が見えます。「あなたにはこの月が見えてますか?」と見上げる行為は、遠く離れている人を想う時、かろうじてつながっているかもしれない可能性の象徴かもしれません。
印象的だった登場人物は、養母ヤエルと宗教指導者のQuès Amhra。体に刺さったトゲの話や母親の名前から、早くからシュロモの出自の秘密を知りながらも、暖かく見守る人々との出会いが、シュロモを成長させます。
修士時代に、世界中の移民についての文献を読みあさっていたので、映画の時代背景やイスラエルでの生活についても、ピン☆とくることが多かったです。ですが、社会学や文化人類学などを学んでいる人以外にも、もっともっと広くこの映画を知って欲しいです。こうしている今も、難民キャンプは世界中に存在するし、貧困も戦争も存在している。虐待死する子どもも大勢いる。核兵器は全然減らないし、環境破壊も進んでいる。そして、「
国境なき医師団」や「
AMDA」のような団体もある。
いろいろ書きたいことはたくさんあります。それくらい奥の深い映画でした。丁寧に描かれています。
僕は、最後に出会った老女が、シュロモの母親でなくてもいいと思っています。自分の母と似たような境遇の人を見付けて、駆け寄り抱きしめる。宗教や人種を越えて共感できることの象徴としてみてもいいような気がしました。
なにかちょっとでも役に立てないかと思って、トラックバックとバナーを張ることにしました。そして、ふとした時に「どこかで月を見上げているかもしれない」その人のことを、自分も月を見上げながら想ってみることにします。